同棲と二度目の入院

前回の記事:1ヶ月の入院生活・・・そして離婚

話し合いも実らず、私は独りぼっちから解放してほしい。夫はもうこれ以上この病気を面倒診きれない。と、あっさり離婚になりました。
私は強制的に居場所のない実家に戻され、居場所がないので家にはほとんど居ませんでした。
居場所のない実家での生活には無理があり、間もなく実家を飛び出し同棲することになりました。

そんな中も毎週の通院は続きました。全てを知っている主治医は離婚が成立したとこで、新しい交際相手を病院に連れてくるように言いました。
この病気が簡単なものではないことと、私のうつ病は大うつ病から双極性障害に変化する傾向にあることを説明するためでした。
そしてそれを受け止めることが出来るか、何もできなくなったとしても放置せずに看護できるか、覚悟があるかを問うためでもありました。
それが出来ないと思うのなら、主治医として私を任せることは出来ない=この交際を認めることは出来ない、というとても重いものでした・・・
彼は分かっているのか分かっていないのか私にはよく分かりませんでしたが、主治医の問いに頷いていました。

双極性障害・・・うつ病とハイテンションの躁病を定期的に繰り返す病気です。 
そこに片足を突っ込んでいる状態で、薬で食い止めることも出来るから処方はしているけど、実生活にきっかけが生まれてしまえば薬で食い止めるには限界がある・・・というのが主治医の見解でした。
「双極性障害に完全に移行してしまったら完治は非常に難しくなります。だから進行の兆しが見えたら即入院させます。」
というのが主治医の判断でした。

知り合って数か月での同棲生活スタート。当然知らないことがたくさんありました。
様々なことがあり、私の精神状態は良くなったり悪くなったりを繰り返します・・・量は大小ありましたがODを起こすことも度々ありました・・・
そんな中収入面の不安が大きくなり始め、また働こうと復職を試みるも失敗・・・期間を開けて体調を整えて再チャレンジしてもまた失敗・・・
この失敗続きが私自身をどんどん追い詰めていきました・・・
そして退院からわずか1年後・・・またしても大きいODを引き起こし入院となりました。

この入院になるころに主治医から言われたことがありました。
私が飲み続けている抗うつ剤に新しい副作用が見付かり、その副作用が衝動的行動(ODやリストカットなどの自傷行為)を引き起こすという精神薬としてはあってはならない副作用というものでした。
私の度重なるODは薬の副作用も影響しているかもしれない・・・というのです。

今回も持っている全ての薬を飲みました。
ですが1回目の入院前には起らなかった変化が身体を襲います・・・抗うつ剤の離脱症状でした。
救急搬送された病院を退院して、精神病院に向かう時にはもう症状が発現していました。
異常な発汗、息苦しさ、全身の痺れと震え、嘔吐、頭痛・・・
電車で病院に向かうしかなかったのですが、普通に歩いて駅まで10分ほどの距離が1時間かかるという辛さでした。

病院に着いて診察の段階で明らかにおかしいと見て分かるレベルだったため、手続きは後回しで先に病棟のベッドへ連れていかれました。
血圧や脈拍など触診で分かることは一通り診ていたと思います。
私が訴える通り離脱症状だと診断した主治医は、すぐに抗うつ剤を処方するように看護師に伝え、しばらく側にいてくれたのを覚えています。
処方されたのはいつもの半量の抗うつ剤でしたが、この薬の副作用かもしれない自傷行為を考えると、全量戻すのは後々良くないと判断したのだと思います。
「夜にもう1回飲んで休めば、明日には離脱症状も落ち着いてると思うから、今日はこのまま休んでいたほうが良い。当直だから夜も時々見に来るようにするし安心して」
と言い残して、主治医は入院の手続きをするために病室を離れました。
付き添いで来てくれていた彼が書類など代わりに記入してくれたようで、あとは直筆が必要な書類だけになっていました。

薬を飲んで1時間くらい横になっていると、少し症状が治まってきました。
まだふらふらはしましたが、喉も乾いたし広間へ行くことにしました。
入院している顔ぶれは半分ほど変わっていましたが、そのまま残っている顔ぶれもたくさんいました。
「誰が担ぎ込まれたのかと思ったら○○ちゃんだった」
と声をかけに来てくれる患者が何人もいました。
「また休憩していけばいいよ。先生も側にいるしね」
と笑いながら言われました。私の主治医依存の強さはみんな知っていました。外来時に主治医にも似たようなことを言われたことがありました。
「何か分からないことに依存するくらいだったら、僕に依存してくれたほうがずっと安全。僕の休みも知ってるんだし、いる日は毎日来てくれても構わないよ。言っておくけど僕雇われ医師だから、毎日来てくれたからって給料には何も関係ないから誤解しないでね。」
と・・・当然医師としての発言ですが、さすがにこれは恥ずかしかったです。
何故か私だけが主治医の意向で外来担当日以外の曜日に毎週受診していたので、今思えばかなりの特別扱いだったと思います。

この入院も前回同様、毎日診察でした。
1回目ほど外出もしなかったので、朝と昼に2回呼ばれる日もありました。
この入院中に可能なら抗うつ剤を別の抗うつ剤に切り替えたいという主治医の思いも強かったです。でも難航しました。
入院した日に全量の半分には出来て、離脱症状も消えたので私もいけると思いました。
まずは代わりとなる別の抗うつ剤を飲み始めました。抗うつ剤0状態には出来ないことと、抗うつ剤は即効果が現れないことが前提にあるので、新しい薬を先に飲み始めないといけないのです。
でも期待とは裏腹に・・・もう半量、入院前からで言うと1/4にしようとすると離脱症状が現れるのです。
何度も試しましたが成功しませんでした・・・
後からですが、この入院中に離脱症状を起こしてでも切っておくべきだったと思う出来事が訪れます。

今回の入院は、復職失敗の積み重ねが原因でODを引き起こしたものだったので、心の休憩をしながら薬剤調整が主になりました。
仕事に関してはドクターストップとされ、経済的な問題は消えないのでまずは精神障害者福祉手帳を申請することで方向性が決まりました。
初診からおおよそ3年・・・ここまで悪化するとは主治医も思っていなかったと言われました。当然私も思っていませんでした。
1か月の入院で退院。今回は2回目ということもあり退院に向けての訓練も行いませんでした。
その後申請した手帳が手元に届きました。精神障害2級という判定でした。

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