離婚届

1か月の入院生活・・・そして離婚

前回の記事:自殺未遂から初めての入院へ

入院生活が始まりました。
入院してすぐに血液検査と、脳波、心電図の検査がありましたが特に異常はなかったようです。
一般的に言う検査というのはそれっきりありませんでした。

主治医の方針で私はなるべく外に出たほうがいいと言われ、昼食後から夕方まで外出許可を取ってほとんど毎日外を散歩していました。
外とはいっても周囲はほとんど何もない山です。唯一1つだけある茶店に行くか、徒歩10分くらいのところにある公園に行くか程度です。
でも気晴らしにはなりました。

診察も本当なら週1回なのですがなぜか私は毎日あり、そのおかげもあってサイト依存も少しずつ消えていきました。
どん底で入院してから1週間、少しずつ元の私を取り戻しつつありました・・・相変わらず診察は毎日なのですが、主治医から
「看護師からテンション高いって報告受けてるんだけど、自分でどう思う?」
といきなり言われました。最初私は何を言われているのかよく分かりませんでした。
「待って。それってどういう意味?」
と聞き返すと、大体のテンションを計るさしのような物を出して
「真ん中が普通だとしたら、自分ではどれくらい?」
と聞いてくるので、私は真ん中少し上を指しました。
「普通か・・・看護師は何でそんな報告してきたんだろ?」
主治医は分からないみたいでした。診察はナースステーションで行うので、周りに勤務中の看護師がいます。ここぞとばかりに私ははっきり言いました。
「先生気付かないの?看護師が私の何を知ってるの?私はどん底の状態でここに入院しました。だからここに居る看護師は私のどん底しか知らないでしょ!?入院して1週間、毎日先生が診察してくれて話を聞いてくれる。それで私は少しずつ元の自分に戻ってきてる。これが普通なの。何よりここで私のことを一番よく知ってるのは先生だよね!?先生から見て今の私のテンションはどう見えるの?」
少し怒り気味に、看護師に聞こえるように言いました。主治医は私の言葉に逆に納得したようでした。
「僕から見ても普通だもんな。そっか言われてみたらそうだった。ごめん、この話は終わりで」
と笑っていました。

笑えるのはその診察以来看護師の私への態度も一変しました。
看護師の中には精神科というだけあって、患者を見下してるような看護師も当然います。
患者にも何故かこのやり取りは伝わっていて、仲良くなった患者には
「勇気あるねぇ。そんなこと言おうものなら保護室(隔離部屋)行きになってもおかしくないよ」
と何人かに言われました。それって患者の人権無視じゃない?と思いもしましたが・・・事を荒立てるつもりはなかったので黙っておきました。

そして毎日続く診察もやはり異例だったようで
「診察自分から頼んでるの?」
と仲良くなった人ほとんど全員に聞かれました。頼んではいません。全部主治医の方針でした。
「特別扱い」と受け取る患者や看護師も居たようです。でも看護師も私に変なことを言おうものなら主治医に筒抜けになると悟ったようでした。
入院患者の立場や主治医との関係性で態度が変わる看護師というのも変な気はしますが・・・精神科とはやはり特殊なんだなと思いました。

入院生活も長くなると友達も出来ました。退屈だった入院生活も少しずつ楽しくなってきました。
1番仲良くなったのは年齢も近く、同じうつ病患者で経緯のようなものも似ている女性でした。主治医も同じだったので「主治医に了解をとって」一緒に外出したりもしました。
主治医も
「確かに性格も似てるし経緯も似てるから気が合うかもしれないね。同じ病気の友達も貴重だと思うよ。医者は勉強して症状や心の動きが何となく分かるけど、実際に病気になってないから100%は分からない。でも同じ患者同士ならもっと分かり合えると思う。片方が落ち込んだ時も引っ張り上げやすいから。ただ一緒に沈まないようにだけ気を付けて。」
と注意点も交えて推してくれました。

入院3週間ほどでサイトのことはほぼ吹っ切れて、もう大丈夫!と思えるようになり始めました。
主治医からも退院に向けての準備に入ろうと言われました。
まずは外泊訓練で自宅に1度帰ります。帰って何かが起こればすぐに病院から迎えが来るという本当に訓練でした。
久しぶりの帰宅・・・ペットの犬が大喜びで迎えてくれました。
2日だけでしたが身体はかなり軽くなっていて、心の休養のおかげで家事もスムーズに片づけることが出来ました。

精神面も安定しているからと、夫はこの機会に話をしないとダメだと私の両親を家に呼びました。
うつ病のきっかけとなって以来・・・2年ぶりくらいの対面でした(実家までは徒歩10分の距離です)
私が自殺未遂を起こし入院したと知っていても、見舞いどころか病院に電話もしてこない親です・・・いまさら何を話す?と思いました。
案の定私が子供のころから抱えてきた親への不信感、そして今回のきっかけ、何もかもを知らない聞いてないで押し通してきました。
その上うつ病なんて認めない。医者に洗脳されているだけだ。と一方的に否定するだけで、何の話し合いにもなりませんでした。

そんな波乱はありましたが、2日の訓練を終え病院に戻りました。
主治医に報告すると頭を抱えていました。当然です・・・本来なら1番味方でいなければならない親が敵です。
でも今はその事は忘れて、退院と元通りの日常を取り戻すことが先決だと方向性を決め、退院への調整に入りました。

1週間後に退院日が決まりました。ただし通院は当分の間毎週受診に変わりました。
退院日みんなに「おめでとう」と言われ、一連のことを思い出し、涙が溢れました。
退院後待っている全て元通りの生活が待っているとも知らず・・・

退院して元の生活に戻りました。最初の数日は荷物の片付けや、入院中に出来ていない掃除や洗濯に追われて何事もなく過ごしていました。
病院での生活サイクルに身体もなっていたので、早寝早起きになっていました。夫が帰るのを待っているのは無理でした。
片付けも終わって生活が落ち着いてきました。すると・・・やっぱり夫は元通りなのです。
会話はなし。食事しながら携帯でゲーム。食べ終わればさっさと席を立って、ソファーに寝転がってテレビゲームとオンラインなのでチャット・・・
自殺未遂を起こす前と同じ・・・また私は一人です・・・

もう嫌だと思い、前回の教訓もあったので今度はきちんと調べて、月額制の優良コミュニティーサイトに登録しました。
男女関係なく友達が探せて、同じ病気の友達や同じ地域に住む友達が出来ました。
そして同い年の男性と気が合い、実際に会って遊ぶようになりました。一緒に居て会話がある。本当に楽しくて自分らしさが戻ってきたように感じました。
男女の仲になるのもそう時間はかかりませんでした。不倫という行為にはなりますが・・・
でも命をかけた訴えも一瞬でスルーされてしまったら・・・夫婦として破たんしていると思いました。

家に帰らない日も出てきました。帰っても会話はないのです。帰りたくもなくなります。
でもしつこいほど電話がかかってきます・・・
「帰ったってそこに居るだけで、私の存在なんて無視でしょ!?私がそこにはいる意味は何?ご飯作るだけの存在でしょう?」
とまくし立て、電話を切ったりしました。

そしてついに本当の破たんが訪れました・・・離婚です。

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