病院

寂しさから始まった依存症の恐さ

前回の記事:抗うつ剤の処方とうつ病診断

抗うつ剤で完全とはいかなくても少し身体も楽になり、日常の家事や買い物、ペットの散歩にも午前中から出られるようになりました。
ですが仕事は失い、夫の帰りは毎日ほとんど日付が変わってからの帰宅・・・ペットはいますが、ずっと1人です・・・
あまり干渉しない夫婦関係でもあり、会話はほとんどありません。
そして人間の性格は様々な環境や人間関係で変化していくということが分からない?受け入れられない?夫はそういう性格でした。
私という人間は全てを自分で解決し、プライドが高く、ほっておいても大丈夫な人間と決めつけていたのです。
うつ病という診断名はついたけど精神状態が安定して眠れる毎日が戻ってきたのだから、もういつも通り自分のやりたいことをやって生活する毎日で大丈夫と勝手に判断されてしまった・・・
夫にいろいろ訴えてもみましたが
「仕事が忙しいから家に居る時くらい自分のやりたいことをさせてほしい」
と拒否されました。
話しかけても何か他のことに集中しながらの生返事。ちゃんと聞いているのかどうかも分かりませんでした。

毎日孤独と寂しさを抱えての生活が始まりました。
でも人間の防御本能でしょうか?何とか自分が自分であることを繋ぎ止めようと心は動きます。
「家に居てはいけない」「誰かと接していたい」私の心はそう動き、とにかく体調の良い日は外出するようになりました。

そして始まったのが
「ギャンブル依存症」と「買い物依存症」
です・・・
私はパチンコとスロットでしたが、どんなギャンブルでものめり込むといい事なんて何1つ残りません。
でも何かに集中することと、勝てているときの興奮が寂しさを紛らわせてくれるのです。
常連さん同士の会話や、親しくなる従業員も出来てきます。それが自分にとっての最高のコミュニケーションでした。
そして買い物依存・・・私にはアパレルに偏った拘りと好みがあり、そのブランドの服でなければ着ないと自分の中で決まっていました。
安くはありません。スカート1着5万円の世界です。それを毎月のように自分好みのデザインがあれば購入していました。
夫の収入は残業の多さから悪くはありませんでしたが、それでも続くはずがありません。残るのはカードローンのみ・・・
ショップは病院の帰りに寄れる場所にあったので、受診日の帰りは必ず寄っていました。もう常連なので、店員さんといろいろ会話するのも楽しかった。ここでのコミュニケーションも私には重要なものでした。

本人(私)は依存症とは思っていません。
私がそのことを病院で話すことはなかったため、主治医も早い段階で依存症に気づくことが出来ませんでした。
この依存症が後の悲劇に繋がります・・・
病院
ちょうどその頃主治医の転勤が決まり、主治医を変更してこの病院に残るか主治医の転勤先病院についていくかの選択をしなければいけなくなりました。
これも今思えば依存だったのだと思います。主治医が変わることが受け入れられず、病院まで片道1時間半と遠くなるのについていくと即断しました。

次の記事:復職に失敗して意欲が低下、強まる依存症

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